執行猶予中に交通違反をすると刑務所行き?具体例を用いて解説

執行猶予付きの判決を受けたものの、交通違反をしたら刑務所に服役しなければならないのではないか、と心配される方が非常に多いです。
そこで、本記事では、執行猶予中に交通違反をした場合に刑務所行きになるのはどんな場合か、について元検察官が詳しく解説します。
最後の方では、解説の総まとめとして具体例を取り上げていますので、まずはそのケースを頭に入れてから読み進めていただくとよいかもしれません。
執行猶予とは?
執行猶予とは、一定期間、刑務所に行くことを猶予し(見送り)、その一定期間、何事もなく無事に過ごした暁には、刑務所に行かなくてよいとする法制度のことです。
執行猶予の期間は、あなたが刑務所に行く代わりに、きちんと社会内で更生できるかどうかを試されている期間、ともいえます。
なお、罰金にも執行猶予を付けることができますが、実務で罰金に執行猶予が付けられることは稀ですので、ここでは懲役、禁錮に執行猶予が付いたケースを前提に解説します。
ところで、執行猶予には全部執行猶予の場合と一部執行猶予があります。
全部執行猶予は、全部の期間、刑の執行が猶予される、つまり、刑務所に行かなくてよいとするものです。
判決では、裁判官から
【全部執行猶予の例】
被告人を懲役3年に処する。
その刑が確定した日から4年間、その刑の執行を猶予する。
などと言われます。
他方で、一部執行猶予は、一部の刑につき刑務所で服役し、残りの刑の期間を一定期間、刑務所に行かなくてよいとするものです。したがって、厳密にいえば、一部執行猶予は執行猶予ではなく実刑の一部です。
判決では、裁判官から
【一部執行猶予の例】
被告人を懲役2年に処する。
その刑の一部である懲役10月の執行を2年間猶予する。
などと言われます。
この判決は、「懲役2年のうち、仮釈放期間も含めて1年2月は刑務所に服役してください。ただし、残りの10月については2年間を経過すれば刑務所に服役する必要はありません。」という意味です。
執行猶予が取り消されるのはどんな場合?
執行猶予によって、刑務所に行かなくてよいことになった場合でも安心はできません。
なぜなら、執行猶予では、刑務所に行くことを猶予された(見送られた)に過ぎず、期間が経過するまでは、刑務所に行く可能性は少なからず残されているからです。
では、一体、どんな場合に刑務所に行くことになるのでしょうか?
まず、刑務所に行くことになるのは、裁判官に執行猶予を取り消された場合です。
そして、刑法では必ず執行猶予が取り消される場合と裁判官の裁量で執行猶予が取り消される場合の2パターンを規定しています。前者の場合を「執行猶予の必要的取消し」、後者の場合を「執行猶予の任意的取消し」といいます。
以下では、全部執行猶予の場合の「執行猶予の必要的取消し(刑法26条)」と「執行猶予の任意的取消し(刑法26条の2)」の規定をご紹介します。
(刑の全部の執行猶予の必要的取消し)
第二十六条 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、(略)。
一 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
二 (略)
三 (略)
(刑の全部の執行猶予の裁量的取消し)
第二十六条の二 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
一 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
二 第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。
三 (略)
執行猶予の必要的取消しの場合
刑法26条1号をまとめると、執行猶予が必ず取り消されるのは、
① 執行猶予期間中に更に罪を犯した
② ①の罪の判決時に執行猶予期間中だった
③ 判決で禁錮以上の刑(禁錮、懲役、死刑)の実刑の有罪判決を受けその判決が確定した
場合ということになります。
執行猶予の任意的取消しの場合
他方で、刑法26条の2をまとめると、執行猶予が裁判官の裁量により取り消されるのは、
① 執行猶予中期間中に更に罪を犯した
② ①の罪の罰金の判決又は略式命令(※)を受けたときに執行猶予期間中たった
③ 判決又は略式命令で罰金に処せられ(実刑、執行猶予を問わない)、確定した
場合、あるいは、④保護観察中で遵守事項を守らず、情状が悪質な場合です。
※略式命令
裁判官の書面審理(略式裁判)のみによって下された命令。
略式命令では「100万円以下の罰金又は科料」の範囲でしか命令を出せない。
執行猶予中に交通違反した場合に刑務所行きになるか?
では、これまでの解説を踏まえ、本題の「執行猶予中に交通違反した場合に刑務所行になるか?」という点について検討してみたいと思います。
まず、執行猶予中に交通違反した、ということですから①の要件はクリアしてしまいます。
次に、②の点ですが、交通違反時に執行猶予期間中でも、判決や略式命令を受けたときには執行猶予期間が経過していることもあります。その場合は②の要件を満たさず、執行猶予は取り消されません。もっとも、執行猶予期間中に交通違反をしたことは事実ですから、その交通違反で懲役の実刑判決を受けてしまう可能性はあります。
最後に③の点です。
まず、交通違反現場で、警察官から「交通反則告知書(通称、青切符)」を切られた場合は③の要件を満たしませんから、執行猶予は取り消されません。なぜなら、青切符を切られた場合は「交通反則通告制度」という手続に沿って「罰金」ではなく「反則金」を納付することになっているからです。なお、罰金と反則金の違いについては以下の記事をご参照ください。
参考:反則金と罰金の違いとは?検挙から納付までの流れについて元検察官が解説
他方で、交通違反現場で、警察官から青切符ではなく赤切符を切られた場合、反則金納付の説明を受けなかった場合、交通違反で逮捕された場合は、交通反則通告制度ではなく刑事手続きに沿って懲役、罰金を科される可能性があります。そして、懲役に処せられた場合は執行猶予が必ず取り消され、罰金に処せられた場合は裁判官の裁量で執行猶予が取り消されます。
なお、交通違反で懲役の実刑に処せられ執行猶予が取り消された場合は、執行猶予の対象だった刑の刑期と併せて服役しなければなりません。
最後に、以上の流れを、具体的を使って解説します。
たとえば、Aさんが、令和元年11月1日に、窃盗罪で「懲役1年 3年間執行猶予」の判決を受け、令和2年9月1日に酒気帯び運転の交通違反で検挙され、その後、検察に起訴されて「懲役1年」を求刑され、令和2年11月1日に判決期日を迎えるとします。
このケースの場合、まず①の要件は満たします。
また、判決時に執行猶予期間中という②の要件も満たします。
さらに、判決で裁判官が、「酒気帯びの罪で懲役8月の実刑に処する」という判決を下し、その判決が確定すると③の要件も満たします。
この場合、まずAさんは酒気帯び運転の懲役8月について服役し、さらにその後、執行猶予が取り消される窃盗罪の懲役1年の刑も服役しなければなりませんから、合計で1年8月間服役しなければならないことになってしまいます。
まとめ
執行猶予期間中に交通違反をすると、その交通違反で懲役の実刑判決を受けて刑務所に服役しなければならないほか、執行猶予も取り消され、執行猶予の対象となった罪の刑についても服役しなければなりません。